開店躁だん

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大人の読書感想文(原稿用紙5枚)※ネタバレちうい

課題図書『成瀬は天下を取りに行く』 宮島未奈
成瀬が天下を取りに行く理由
       アルカフェ 佐々木 典子
 「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う。」滋賀県の中二、成瀬あかりの発言で物語は幕を開ける。夏の終わりに閉店する西武大津店に毎日通うと言うのだ。西部ライオンズのユニフォームを着て。幼馴染の島崎みゆきでなくても「???」と思うだろう。そんな突拍子もない主人公、成瀬あかりの目標は二百歳まで生きること。淡々とスケールが大きいのだ。
 ドラマティックな大どんでん返しや、甘酸っぱいコイバナがある訳でもない。西武大津店は八月三十一日に四十四年の歴史に幕閉じるが、島崎の問いかけに成瀬は、「こんな時期でもできる挑戦がしたかったんだ。」と言う。そう。時代はコロナ禍なのである。誰もが諦めかけて、生きづらかった時代に、挑戦する意志を持つ女子中学生は只者ではない。島崎と同じく、気がつけば成瀬の言動に惹きつけられてしまう。成瀬になりたいのではなく、成瀬を見ていたいのだ。え、恋?
 ここで十四歳という時期について考えた。自分が十四歳だった頃はどうだっただろう。中二の夏休み、友人に誘われて入部した映画研究会の撮影で毎日学校に通っていた。あまり上下関係がなく、のんびりした校風だった。
 友人に誘われた私がさらに誘って入った最後の部員は、意外にも真犯人といった複雑な役柄を見事に演じ名優ぶりを発揮していた。私は殺人犯なのに、加山雄三を歌う変な役柄で、シュールな撮影の日々だったが、とにかく楽しかった。牧歌的に周囲とそつなく過ごすことができたように思う。一方で、誰と過ごすか、誰と時間を共有するか、あまり主体的に選択していなかったようにも思う。
 十四歳の成瀬はとにかくブレない。周囲から多少距離を引かれても有言実行、初志貫徹。自分の居場所、過ごす時間を決めることができるのは本来なら大人になってからである。それを十四歳の頃から考えて行動できるのだ。
 西武大津店の閉店を見届けたら、島崎と漫才コンビを組んでM―1(エムワン)に出場する。「お笑いの頂点を目指そう。」と言うのだ。なんでお笑い?「テレビで漫才を見て、わたしもやってみたいと思ったんだ。」時々、素直すぎないか?成瀬。それでも成瀬の俯瞰的な性格は素晴らしいことが次の発言から伺える。「これで一生『M―1グランプリに出たことがある』と言えるようになったな。」人生を俯瞰できるからこその発言である。経験こそが人生の糧になる。大人になっても見習いたい姿勢である。
 気がつけば成瀬讃歌になっているが(島崎か!)、周囲の人物像もバランスが良い。まず、幼馴染かつ成瀬の観察者、島崎。程よく距離を取っているはずが、気がつけば巻き込まれ、たまに成瀬を助けている。大学進学で島崎が滋賀を離れることを知った成瀬は、はじめて動揺する。成瀬のもっとも人間らしさが出ているシーンだ。成瀬自身も気づかなかった感情に気づく、大切な場面でもある。人生は一筋縄ではいかない。思い通りに描いたマップどおりにいかないから人生は豊かで面白い。十四歳の私も、まさか大人になり、ライブハウスを経営するとは夢にも思わなかった。成瀬にはどんなまさかが待つのだろうか。
 大人たちのさりげない援軍も心憎い。別章「階段では走らない」では主役だったWebデザイナー稲枝敬太が成瀬にかける言葉は、「あぁ、そういうのはすぐに仲直りするのがいいよ。俺は友だちと気まずい別れ方をしたまま、三十年気にしてたことがあるから。」
 三十年後を三つ先の年女と言うのが、とても成瀬らしい。大きい数字は素因数分解する驚異の脳みそだ。先生や親ではなく、程よい距離感で接してくれる大人がいてくれるのはとても頼もしい。今の十代たちにそんな大人はいるのだろうか。
 カウンター・パーソンも興味深い。高校一年生になった成瀬に、反目しながらも、つい関わりあってしまう大貫かえでは、かつての私を見ているようである。臆病な自尊心と尊大な羞恥心を持つ、まるで中島敦の『虎』なのだ。周囲を伺い何事にも遠慮してしまうが、東大に入る目標を定めることで、自分の定位置を決める。だが「東大に入る」ための高校生活は危うくて脆い。そんな大貫も、成瀬の聖地巡礼西武池袋本店」に同行することで、東大武装していた心が解けていく。
「一人になって改めてまわりを見ると、いろいろな人がいる。(略)それぞれの相関図の中で生きている。これだけ多くの人がいる世界で、線がつながるなんて奇跡みたいな確率だ。」大貫の気づきは、未来の東大生活を支えていくだろう。
 成瀬あかり史は続編にも期待したいが、滋賀県の魅力をふんだんに揃えたご当地小説でもあるのを忘れてはならない。西川貴教さんが滋賀県出身なのを初めて知りました!